カンパラ、黒い天使の都市伝説 |
最初にこの話を聞いたのは、調査に入っているスラムの入り口でキオスクの店をやっているマーガレットからだった。正確に言うと、彼女からそういう話があるということを聞き、それから彼女の夫のチャールズから時間をとってもらい、その話の始終を聞いたのだった。2007年10月のことである。
カンパラには多くのナイトクラブが林立している。どの街角に行っても、夜を通してダンス音楽を流し、踊りを踊る場所、「クラブ」に出くわさないことはない。その中でも老舗の一つは「アンジェ・ノワール」という場所で、ジンジャ通りから工業地帯に少し入った場所にある、「高級ナイトクラブ」である*。
私が「アンジェ」に通っていることをマーガレットに言うと、半分面白がり、また後半分は怪訝な顔をして、「あの悪い霊がでるとこね」と言った。いつも理性的な話しかしない彼女が「悪い霊 Bad Spirit」と言うのに、すこし驚いて、その話を求めたところ、彼女は詳しい話は知らないと言う。ただ悪い霊にとり憑かれて死んでしまった若者の話を聞いたことがあるのだと。「チャールズなら知っているわよ。その死んだ子はチャールズの知り合いだったって話だから。」そして数ヶ月後に彼女の夫のチャールズが店先で話をしてくれた。
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僕の弟の友人、これは数年前に、よくできるやつで、マケレレに入ったやつだったが、こいつがある晩、アンジェに行ったんだ。いつもどおり、酒をひっかけて、そして女性たちと踊りを楽しんだ。
さて、それなりに楽しんだ後、フロアをみると、いままで見たことがない、えらくきれいな女の子がそこに立っている。
踊りに誘ってみると、断ることもなく、うまく踊る。一緒に踊っているうちに興に乗って、さてそのまま彼は彼女をナカワにある自分の部屋に連れて帰った。
さて、部屋について見ると、あいにくと電気がついていない。さて、灯りをつけようとすると、なぜかその女の子の手が、届くはずもないそのスイッチのところまで、伸びていって灯りをつけてしまった。あれ、変だな、とそいつは思ったけれども、とりあえず情事に及んだわけだ。
だが、どうも変な感じがする。よくよく見てみると、その彼女の足は山羊の足だった。ぞっとしたけれど、もう遅い。事が済んで、あとは知らないふりをして寝入ってしまった。起きてみると、女は普通の人間の姿に戻っている。さて、家まで連れて帰ってとねだるから、車を出して彼女を乗せた。
さて、ここからがそいつの不幸なところだ。あいつは女を車に乗せたと思っているが、だれも車に乗ってなんかいない。そいつは、なかば夢を見ながら、誰もいない助手席に向かって譫言をいいながら運転をして、ンティンダのクラブ、パ・ルイまで行って、また一杯ひっかけた。そのときはまだまともに見えたんだ。
それから、また車を出して、今度はキセメンティのファット・ボーイズまで行く。だんだんとおかしくなって行きやがる。相手にして話している女の姿も、だんだんと人間の姿なのか、化け物の姿なのかわからなくなってくる。
次に車を出して行ったのがワンデゲヤのステークアウトで、そのころには人前で、叫ぶようになっていた。それから、そいつはスウェイ・バーへと移ったが、もうまともに歩けない状態になっていた。しばらくして、そいつは気を失って倒れ、わけのわからないことを繰り返して言って、ムラゴ病院に運ばれた。その二、三日後そいつは死んでしまったっていう話だ。
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巷の都市伝説によくあるように、その物語は事実として語られ、都市にある誰もが知っている場所に即している。だが、チャールズにも、他の者にもその詳細(時期、男の名前、誰に聞けば被害者の直接の知り合いにあえるかなど)を問い尋ねても、途端に記憶は曖昧となり、物語は焦点を失くす。
また、この男が出逢った「霊」は、チャールズの物語だけでなく、巷によく聞く話でもある。違う物語として私が聞いたのは、腕ではなく、指が伸びる女であったり、爪が異様に長かったり、足が山羊以外に他の動物であったり、様々なヴァリエーションがある**。共通しているのは、夜に出逢う美しい女、という点、そしてその姿かたちがどこかしら人間と異なるという点にある。それは男性にとっては誘惑し、誘惑される対象であるが、人外のかたちを取ることで畏怖の対象ともなる。
またカンパラを知らないもののために、一つの記号的な符丁も指摘した方がいいだろう。カンパラは東のムコノ、北のボンボ、西のナテーテ、南のエンテベまでそれぞれに広い裾野と多くの郊外を持つ大都市であるが、乗り合いタクシーが頻繁に乗り入れる主要道路があり、東京でいう山の手のように一つの環状の幹線を形作っている。
政治・商業の中心であるナカセロの丘の中腹にあるカンパラ通りから、東に向かうジンジャ通りへと連なり、そこから郊外の町ナカワでバイパスを経由して高級住宅地のンティンダへと抜ける。ンティンダからはオールド・キラ通りを下って、キセメンティを経由して、ワンデゲヤ、マケレレへ。そこからボンボ通りに合流して、カンパラ通りへとまた戻る。これは、そのまま不幸な若者がアンジェ・ノワールから幹線道路を一周してカンパラ通りのど真ん中にあるスウェイ・バーへと導かれる道筋でもある。
*ナイトクラブは場所によって、入場料が定められ、その価格の高低で高級かそうでないかを判断することができる。入場料は5,000から12,000ウガンダシリング。決まって入り口では武器の所有やカメラの持ち込みを禁じているために荷物チェックや身体検査を科している。場所によっては、入場料は取らず、クラブ内でのビール代、飲み物代でバランスを取ることがある。また女性の多くは客寄せのため無料となることが多い。
**この都市伝説と女性の他者性に関する物語については、他の分析もある。Kiyimba (2001) を参照のこと。