『ちはやふる 上の句』 |
『ちはやふる 上の句』を観に行く。
マンガでファンであったので、今回の実写版は正直、期待していなかったのだが、妻から宇多丸氏の批評で絶賛されていたことを聞き、まあとりあえずは期待半分、不安半分で観に行ったのだが、いやはや、これはものすごい情熱に圧倒され、あっという間に二時間近くを終えてしまう。まさに怒涛の情熱劇で、この作品の主題ともなっている「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川」の勢いを、その映像表現にまで表した稀有な作品だった。
原作やこの作品を知らない方に説明すると、この映画はマイナーもマイナーな競技、「競技かるた」を舞台にしたもの。主人公の女子高生綾瀬千早(ちはや)は、東京(府中?)の郊外に住み小学校の時に築き上げた三人組の競技カルタのチーム「ちはやふる」の思い出が忘れられず、カルタに捧げる青春時代を過ごしている。三人のうちの一人、綿谷新は競技かるた界の中では伝説的人物となっている永世名人の孫。彼が、千早ともう一人の真島太一をカルタの世界に引き込むのだが、小学校の終わりになって、元の実家のある金沢へと帰って行ってしまう。千早はカルタを続けていれば、また三人が出会うということを信じ、実家が医者で、将来を家族から嘱望され(そしてカルタをすることに反対され)ている太一をも巻き込み、高校でカルタ部を立ち上げる。
アイドルの姉を持ち、顔は美形、スタイルもいい。でも、世界はカルタだけ。そんな千早は周りから「残念美人」と言われている。でも、そんな噂がまったく耳に入らないほどに、彼女はカルタに没頭し、千早の側にいる太一はそれをまぶしく見続ける。
カルタ部を立ち上げた瑞沢高校で二人は部の立ち上げに必要な5人の枠を満たすために、他三人の部員をかき集める。競技かるた経験者の西田優征(通称・ニクマン)、がり勉の駒野勉(通称・机)、そして呉服屋の娘で古典に詳しい大江奏(かなちゃん)。その5人が(それぞれの思惑がありながらも)大会優勝という大きな目標を目指して、いつのまにか競技カルタの世界にのめりこんでいく。
邦画の世界で、競技もので、熱血で、かつ仲間たちとの友情、なんてものが揃ったら、正直怪しい。週刊ジャンプの作品のとめどない再生産を子供時代から繰り返し眺めている我々の世代にしてみたら、もうそんなネタは出尽くして、あとそれに類するセリフが出てきたら、もううんざりしてしまう。そんなシニシズムの土壌の中で、我々は作品を見てきている。
ただ、この作品は違った。何が違うのかというと、その情熱の絶対量が半端ないのだ。主演の広瀬すずの前のめりの演技も、太一役の野村周平の負けることに戸惑いがちでいながらも、その秘めた情熱を燃やしていく過程も、上白石萌音の演じるかなちゃんの歌へのこだわりも、がり勉の机くんを演じる森永悠希の意地も、それぞれがひたむきで、しかもシナリオとかみ合い、がつんとその情熱をぶつけられた。ああ、やられてしまった。
この作品は、映画好きな方はぜひ見なくてはならない。もちろん、玄人好みの凝ったつくりや、新奇な音楽、奇抜なカメラワーク、などを求めても、ある水準以上には満たされないかもしれない。そして、表面的にはべたな「友情」「勝利」「熱血」という陳腐なテーマしか見当たらないかもしれない。でもそれら以上のものがこの映画にある。
情熱という大きな感情を取り戻したような気がした、そんな映画なのである。